第1章 計画の概要 1 計画策定の趣旨 (1)国及び神奈川県における取組  アルコールや薬物、ギャンブル等(脚注1)の依存症は、本人の健康状態や社会生活等が悪化するだけでなく、家族等の周囲の人へも影響を及ぼします。  また、依存症は、適切な治療やサポートにより十分に回復が可能であるという側面を有していながらも、本人や家族等の依存症に対する情報不足などのために相談につながることができなかったり、周囲の偏見などのために回復が妨げられたりする事例も散見されます。  さらに、依存症の背景には複合的な課題が存在している事例も多く、医療・福祉・司法など、様々な領域の専門家が連携して支援を行うことが求められます。しかしながら、必ずしも個々の領域の支援者が依存症の問題に精通しているとは言い難い面もあり、一次相談の段階から回復段階にかけて包括的で切れ目のない支援が行いづらい状況にあります。  こうした問題に対応し、依存症の本人、または依存症が疑われる人及びその家族等を適切に支援していく体制を整備するため、国において平成26年6月の「アルコール健康障害対策基本法」の施行を皮切りに、平成28年5月に「アルコール健康障害対策推進基本計画」が策定され、平成28年6月には「薬物使用等の罪を犯した者に対する刑の一部の執行猶予に関する法律」が施行されました。さらに、平成28年12月には「特定複合観光施設区域の整備の推進に関する法律」の附帯決議において、「ギャンブル等依存症患者への対策を抜本的に強化すること。(中略)カジノにとどまらず、他のギャンブル・遊戯等に起因する依存症を含め、(中略)関係省庁が十分連携して包括的な取組を構築し、強化すること」が決議されました。平成30年10月には「ギャンブル等依存症対策基本法」、平成31年4月に「ギャンブル等依存症対策推進基本計画」が閣議決定され、アルコール・薬物・ギャンブル等の各依存症に関する支援体制の制度が整えられてきました。  また、平成29年4月には、都道府県と政令指定都市が行うアルコール健康障害対策・薬物依存症対策・ギャンブル等依存症対策等の総合的な依存症対策に関する指針を定めた国の「依存症対策総合支援事業実施要綱」(以下「実施要綱」という。)が適用となり、神奈川県でもアルコール健康障害対策推進基本計画に沿った形で平成30年度から令和4年度までを計画期間とする「神奈川県アルコール健康障害対策推進計画」が策定され、ギャンブル等依存症対策推進基本計画に沿った形で「神奈川県ギャンブル等依存症対策推進計画(仮称)」の策定が進められています(令和3年3月策定予定)。 (脚注1)ギャンブル等依存症対策基本法では、ギャンブル等を「法律の定めるところにより行われる公営競技(競馬・競輪・オートレース・モーターボート競走)、ぱちんこ屋にかかる遊技その他の射幸行為」と定義しています。 (2)本市における取組  本市においては、従来から各区役所での精神保健福祉相談の中で依存症に関する相談対応などを行ってきました。こころの健康相談センター(精神保健福祉センター)では、平成15年に薬物依存症家族教室を開始するなど、依存症対策に特化した施策に取り組み、平成29年からアルコール依存症・ギャンブル等依存症にも対象を拡大し、「依存症家族教室」として現在に至っています。  また、平成29年5月からはこころの健康相談センターで依存症相談窓口を開始するなど、依存症の本人や家族等に対する相談対応や依存症に関する普及啓発、回復支援、依存症に関する支援者の育成等の事業を展開しています。  さらに、実施要綱を踏まえ、平成30年から本市の附属機関である横浜市精神保健福祉審議会の中に依存症対策検討部会(以下「検討部会」という。)を設置し、依存症対策に必要な施策等に関する検討を進めてきました。  加えて、令和2年3月には、こころの健康相談センターを実施要綱に定められた「依存症相談拠点」と位置付け、依存症支援の充実を図っています。  一方で、これまで市内ではアルコール・薬物・ギャンブル等の各依存症当事者の支援に、長きにわたって、多数の民間支援団体等が活動してきました。また、施策を通じて関係者とコミュニケーションを図る中で、本市における依存症対策の課題等も把握してきました。本市においても、国や県と同様に、依存症に対する理解不足や偏見を解消する取組や複合的な問題に対して重層的な支援を行うことが求められています。さらに、依存症対策の推進を図るためには、本人や家族等に着目した取組が重要であることが見えてきました。  そこで、本市の依存症対策の取組と、民間支援団体等が積み上げてきた活動を結びつけ、依存症の本人や家族等の支援の充実につなげるため、支援の方向性を打ち出し、関係者と共有することで包括的な支援の提供を目指す「横浜市依存症対策地域支援計画(仮称)」(以下「本計画」という。)を策定しました。 (コラムここから) コラム・民間支援団体等の活動と依存症回復支援の経緯  本市における依存症の支援の歴史を見ると、昭和38年4月に開設された「せりがや園」(現:神奈川県立精神医療センター)が、全国に先駆けて麻薬中毒患者専門医療施設として収容治療を開始しました。また、同年7月には、県内で「国立療養所久里浜病院」(現:独立行政法人国立病院機構久里浜医療センター)が、日本で初めてアルコール依存症専門病棟を設立し、本市における専門的な依存症治療体制の基礎が築かれていきました。その後、平成3年には、依存症専門のクリニックとして「大石クリニック」が開設し、平成5年に民間病院として「誠心会神奈川病院」がアルコール依存症の病棟を開設しました。  神奈川県内でのこうした動きに加えて、依存症の自助グループの活動や回復支援施設の開設が見られるようになりました。  市内では、昭和44年に横浜断酒新生会が結成され、昭和54年にはアルコホーリクス・アノニマス(AA)のミーティングが開始されました。昭和59年には横浜マックが開設、平成2年には横浜ダルク・ケア・センターが全国3番目のダルクとして開設、平成4年には寿アルクが開設されました。その後、平成12年には全国初のギャンブル依存症の回復支援施設として「ワンデーポート」が開設され、平成16年にはギャンブル等依存症者の家族を支援する全国初の施設「ギャンブル依存ファミリーセンターホープヒル」が開設、平成19年には、全国初の女性のギャンブル等依存症者を対象とした「デイケアぬじゅみ」が開設されました。  現在では、アルコール依存症・薬物依存症・ギャンブル等依存症、それぞれの自助グループや回復支援施設が市内にあります。本人の回復過程は様々であり、それを多種多様な社会資源がそれぞれの強みを生かして支え続けています。  このように本市では、先進的・意欲的な医療機関や民間支援団体等が当事者支援の取組を積極的に進め、長年にわたって依存症対策に関する取組が進んできた経緯があります。 (コラムここまで)   2 用語の定義 本計画では、検討部会での意見等を踏まえ、以下のように用語の定義を行いました。 図表1-1:本計画における用語の定義 (表ここから) 用語:依存症 定義:●アルコールや薬物などの物質の使用や、ギャンブル等やゲームなどの行為を繰り返すことによって脳の状態が変化し、日常生活や健康に問題が生じているにもかかわらず、「やめたいと思わない」、「やめたくても、やめられない」、「コントロールできない」状態である ●国際疾病分類(ICD-11)では、物質使用及び嗜癖行動による障害に位置付けられている ●本人の意志の弱さや家族等の周囲の人の努力不足によるものではなく、様々な生きづらさや孤独を抱えるなど、原因や背景は多様であり、適切な医療や支援につながることで回復できる 用語:回復 定義:●依存症の本人や家族等の抱える困難が軽減され、より自分らしく健康的な暮らしに向かって進んでいけること、自分らしく健康的な暮らしを続けること 用語:身近な支援者 定義:●依存症支援を専門としていないものの、一次相談対応や早期発見、地域の中での回復支援などの面で重要な役割を担う行政・福祉・医療・司法・学校といった幅広い領域の相談・支援者 用語:民間支援団体等 定義:●依存症の支援を専門とする回復支援施設、家族会を含む自助グループ等 用語:専門医療機関 定義:●実施要綱に基づき、神奈川県とともに選定する依存症専門医療機関及び依存症治療拠点機関 用語:専門的な支援者 定義:●上記、民間支援団体等の支援者、専門医療機関、依存症の治療・支援を行う医療機関、こころの健康相談センター、区役所の精神保健福祉相談などの依存症相談・支援を行う窓口及び機関 (表ここまで) (コラムここから) コラム・「依存症」の定義について  依存症の定義に関しては、支援者間でも様々な議論がなされており、確定的な定義を示すことは簡単ではありません。検討部会においても、依存症の定義をめぐって様々な議論がなされ、以下のような意見が聞かれました。  まず、特にギャンブル等依存症について、状態像は幅広く、自力で回復できる人や自然回復する人もいるため、「脳の病気であり、相談・治療しないと回復できない」といったイメージを与える定義は避けるべきとの意見が聞かれました。また、「依存症は病気である」、「脳の病気」というと恐怖心等を抱いてしまう場合があるとの意見も聞かれました。  一方で、依存症が「病気」であるということを理解すると、本人も家族も回復に向かって前向きになり、勉強をしていこうというきっかけになるという意見、依存症が病気であるから医療の対象になり、障害であるから福祉的支援の対象になるということを押さえておく必要がある、という意見が聞かれました。  定義の幅についても、自然回復できるような人から対象とすべきという意見から本当に困っている重症の人に対象を絞るべきという意見までありました。  さらに、自然回復できる/できないという話については、依存症からの回復者として、アルコール依存症から回復したとしても、完全に「治った」といえる状況は想定されにくく、「治ったから、また飲める」という誤解を与えてしまうのでは、という危惧も示されました。依存症からの回復に関しては、支援につながれば直ちに回復につながる場合ばかりではなく、数年以上の長期にわたって、本人に粘り強く寄り添っていく必要があるとの意見も聞かれました。  このように、依存症は、疾患としての病態が非常に多様で幅広い状態像を包含するものであり、回復についても様々な経過や形があるとの議論がなされました。 (コラムここまで) 3 計画策定の位置付け (1)計画の位置付け  本計画は国の実施要綱において定められた、地域支援計画として策定するものです。地域支援計画は、依存症の状況、地域の社会資源や支援の実施状況に関する情報収集とそれらの評価に努め、計画内に反映させることが求められており、これらの情報については、本計画の第2章に記載しています。  また、計画に記載した施策等については、国や神奈川県の関連計画及び本市における医療・福祉領域の関連計画との整合を図りながら策定しました。 図表1-2:本計画の位置付け ※図表の表記ができません (2)計画策定の流れ 本計画については、以下の取組を通じ、依存症問題に関する有識者、民間支援団体等や身近な支援者等の関係者、市民などの意見を広く取り入れながら策定を進めました。 ◆「横浜市精神保健福祉審議会 依存症対策検討部会」での議論  依存症問題に精通する学識経験者や医療関係者、司法関係者、民間支援団体等の関係者などから構成される依存症対策検討部会を平成30年度から開催し、そこでの議論を通じて計画の全体像や計画に盛り込むべき課題及び対応策の検討などを進めました。 ◆「横浜市依存症関連機関連携会議」(以下「連携会議」という。)での議論  回復支援施設や自助グループ等の民間支援団体等、行政、医療・福祉、司法等の関係機関等の幅広い関係者で構成する連携会議の場において、計画の検討状況を積極的に情報提供し、現場の意見をうかがいながら検討を進めました。 ◆関係機関等に対する各種調査の実施  本市では、計画の策定に向けて回復支援施設を利用する依存症の本人をはじめ、民間支援団体等や身近な支援者などを対象とした様々な定量的・定性的な調査やヒアリングを行いました。  これらの調査結果を踏まえ、本人の状態や支援ニーズ、民間支援団体等のニーズ、本市の社会資源の現状などを把握するとともに、依存症対策における課題の抽出・検討を行いました。 4 計画の期間  本計画の計画期間は、計画策定後の令和3年度〜令和7年度の5年間とします。 図表1-3:本計画の計画期間 (表ここから) 横浜市依存症対策地域支援計画(仮称):計画機関:令和3年度 令和4年度 令和5年度 令和6年度 令和7年度 (表ここまで) 5 計画で取り扱う依存対象  本計画は、アルコール・薬物・ギャンブル等依存症の3つを主たる施策の対象としつつ、ゲーム障害といった新しい依存症など、その他の依存症も含む依存症全般を視野に入れた内容として策定しています。 (コラムここから) コラム・その他の依存症について  依存症は、アルコール依存症、薬物依存症、ギャンブル等依存症の3種類にとどまらず、その種類は多様です。全ての種類の依存症を網羅することは難しいですが、これまでに確認されている依存症は、大きく「特定の物質に対する依存症」、「特定の行動に対する依存症」の2つに分類できるとされています。  まず「特定の物質に対する依存症」には、アルコールや薬物(合法の薬剤含む)のほか、たばこ(ニコチン)などの嗜好品への依存などが見られます。また、「特定の行動に対する依存症」には、ギャンブル等のほか、買い物、インターネット利用、性行為、窃盗などへの依存が見られます。いずれも、依存することによって日常生活や健康に問題が生じているにもかかわらず、自らコントロールできない状態に陥っている点が共通しています。  「特定の行動に対する依存症」の中で、近年注目が集まっているものが、ゲームに対する依存症、いわゆる「ゲーム障害」です。ゲームに熱中して生活リズムが乱れてしまう、学校や職場でもゲームをしてしまう、といった日常生活上の問題のほか、オンラインゲーム等で過度の課金を行ってしまうといった経済的な問題等も合わせて発生する場合もあることがゲーム障害の特徴として指摘されています。こうしたことから、令和元年5月に、WHO(世界保健機関)はゲーム障害を精神疾患の一つとして位置付け、我が国においても厚生労働省を中心として令和2年2月に「ゲーム依存症対策関係者連絡会議」が開催されるなど、対策に向けた取組が進められています。 (コラムここまで)